2007年09月01日

ピアノを学ぶ上で大切なことについて

人間の身体や指というものは、どんな天才であってももとからピアノを弾くためだけにあるわけではありません。
だから当然ピアノで適切な音楽を表現するためには、ある程度訓練が必要となります。
ただ、そこだけに偏りすぎると、音楽の大事な要素である音楽を感じる楽しみがなくなってしまいます。
訓練という部分と感じること、楽しむこと。この二つの要素のバランスが非常に難しいです。
どちらかというと、まるで何かの修行のように訓練に重点を置きすぎているヒトが多いのです。
いったい何のために訓練なのか。
それは、もう一方の要素である楽しむため、感じたものを表現するためであります。
だからそれを打ち消してしまうようでは意味がありません。
中にはひとりで好きに弾いている人も居ますが、ピアノを勉強するときは、やはり先生に付くということが多いのです。
でも、ただやみくもに先生に言われることをやっているだけでは進歩しません。
まずは、「自分で感じたものを表現する」という意識を持って、音楽というものを捉えることが大切なことなのです。
そのためにも非常に重要な要素になるのが、「いい音楽を沢山聴いて感動すること」です。  

Posted by ブロやン at 12:43

2007年08月21日

ピアノ~演奏会どういう聴き方をすればいいの?

「いいな、もっとこのヒトの音楽を聴いていたい」と思った演奏会に対して、新聞に技術者の面やその演奏家の力量について批判的な言葉が書いてあることがあり、最近「自分の感覚」に自信がなくなってきてしまいました。
この問題に対してはいろいろ感じることもありますがまず、演奏の捉え方は相当に主観的なものであり、また個人によって好みに違いがあったり、その日その場の雰囲気によって大きく左右されるものであります。たとえば、CDを聴いていて、最初から気に入ってずっと好きなものもあればだんだんと飽きてしまうものもあります。また、はじめはよくわからなくても次第に好きになることもありますし、何度試しても最後まで聴きとおせないものまであります。1枚のCDを本当に確信を持って理解するには何十回も聴かなければとさえ思います。これがさらに一回きりのコンサートであればなおさらのこと、その本質的な価値を自信を持って判断するのは難しいのです。しかし、これはこの仕事に携わっている個人の感覚で、一般の聴衆のヒトがそのときの好みで判断することが許されるのに対して、この仕事に携わっているヒトはあくまでも音楽に対して普遍的な価値がどれほどあるか、ないかを見ようとするのです。これがこの仕事に携わると楽しむことが難しいと言われる理由なのです。一般的に、多くの聴衆は評論家の意見に左右されます。それによって自分の知らないものに出会えるきっかけになるだろうし、またその先入観でもって自分の感覚が鈍ることもありえます。だから、相手がプロであろうとそうでなかろうと、自分の楽しみの邪魔になるような意見は無視すればいいのです。無条件に楽しむことが出来ることこそ、一般の聴衆の特権です。  

Posted by ブロやン at 00:08

2007年08月02日

ピアノ~クラシックって難しい?

ピアノ曲やクラシック音楽というとどうしても堅苦しい高尚なイメージがあり、なじめないと思いがちなのですが実はそうではないのです。
たとえばバッハやベートーヴェンの音楽が、何百年経った今日でも新鮮な感動をもたらしてくれるのはそれらの作品が多くの魅力を持っているからなのです。いわゆるクラシック音楽というのは言葉自体、いかめしくてあまり使いたくはないのだけれど、あえて説明のために使うのであればクラシック音楽は偉大であるから当然のように今日まで残っているわけである。過去の偉大な作曲家はもうこの世にはいない。しかし、その作品だけはいつまでも新鮮な輝きを持って残っており、だからこそそれを再現するのが演奏家の役目なのである。だからまたその演奏かも永遠の存在ではない。音楽とは次の世代へと伝えていく芸術である。
演奏者側からすれば、過去の作曲家というのは心から尊敬すべき先輩たちであってその神がかり的な偉大な産物に対して足元に及ばないと思うことさえあるのです。しかし、演奏を聴く側のヒトが音楽に感動するのは、とりあえず難しいということはさておいて、素晴らしい音楽と素直に自然体で向き合っているときなのです。また同じ曲でも演奏者が違うとまた違った魅力を感じることが出来きるのです。  

Posted by ブロやン at 12:46

2007年07月12日

ピアノ~演奏の喜びについて

毎日ピアノを練習していて練習が退屈で嫌になってしまうときがあります。特に発表会や試験などで人前でうまく弾けなかったりすると、「もうピアノなんてやめたい」と思う気持ちになることもあります。演奏家としてステージで華やかに見えるピアニストも、実際は年間で100回も演奏することはないわけで、それ以外の日は、黙々とひたすら家で練習をしているのです。他の楽器と比べても一人でいろいろと出来てしまう楽器であるため、コンチェルトや室内楽を除けば、オーケストラ・プレーヤーのようにみんなで集まって力を合わせて練習することもないのです。でも、ひとりで部屋に何時間もこもって練習するわけだから孤独な作業ではあります。そういう地味な作業も、音楽が好きだからこそ今までやってこられるのです。現在もやっているわけであるが、それを乗り越えてステージに立ち、多くの観客と一緒に音楽を共有できるときがピアニストにとって最も素晴らしい瞬間なのです。だが、そんなピアニストもステージに立つ直前は緊張でやめたいと思うこともあります。でも演奏が終わったとき、聴衆の雰囲気で気持ちよく演奏が出来る、演奏会の成功を味わいたいからこそたとえ緊張したとしても乗り切ることができるのです。

そしてピアノの試験などで間違えないようにとそのことだけ神経を使いすぎるとせっかく試験のために練習してきた曲の肝心な音楽がぎこちなくなってしまいます。完璧に演奏することも大切でありますが、もっと大切なことは、心で演奏するということなのです。
そうすることによって、緊張していたのも自然に解けて演奏できるようになります。  

Posted by ブロやン at 11:46

2007年07月08日

ピアノ~ピアノ魅力について

自然に素直に表現が出来るのがピアノである。言葉の重要なコミュニケーションの手段のひとつなのだが、共通の言語を理解できなければ会話が成り立たないし、同じ日本人同士だってヒトによって言葉の選択や定義が微妙に異なることも少なくない。音楽はそういった限定された方法ではなく、ピアノを勉強したヒトであろうがなかろうが、様々な国、地球の裏側に住んでいる人々とも共通の感動を分かち合うことが出来るのである。
音楽の中でも特にピアノはよく楽器の王様といわれる。それは他の楽器と比べて、同時にたくさんのことができるからだ。たとえば、バイオリンは弦が4本しかないから、4つ以上の音を一度に出すことは出来ないし、厳密にはその4つさえも一度に出せるわけではない。歌や、管楽器はもちろん単旋律。それに対してピアノは、10本の指とさらにペダルの効果によって何人ものヒトが集まって作り上げる合唱のようなことを演奏できるのである。
多くの弦楽器、管楽器によって成り立つオーケストラにような壮大な構想の音楽も奏でることができるのである。

ピアノは、どのくらい歌わせることができるか、これがおそらく優れたピアニストにとって最も重要な要素となるのである。聴く人の耳には、あたかも音の途中でクレッシェエンドをしたり、もしくは変幻自在に色彩が変わるように音色が変化して聴こえるはずだ。
限りなく豊かな表現が可能になり、生きた音楽となるのである。また、ピアノはいろいろなことを同時にしながらさらにそれをコントロールしなければらならいという点で、非常にバランス感覚が要求されるのである。  

Posted by ブロやン at 16:38